2010年09月13日

▶続「天草民謡」余話

天草民謡」というタイトルについて、吉松英夫さんより追加の情報が寄せられました。

一番の唄い出しの歌詞を取って、「帰りそこねて」という曲として親しまれていたようです。
そう言えば、端唄や小唄、さのさ、都々逸などの俗謡から、清元、常磐津など一連の邦楽のタイトルは、概ね唄い出しのフレーズですものね。

また、横田良一さんについても、以下のような訂正を頂きました。
「横田さんがレコーディングした曲数は50曲以上ではなく、100曲以上です。
(横田良一伝にわかっている曲名が50曲掲載されていましので、以前は50曲以上と考えておりましたが、その後の調査で、100曲以上を確認しております。)」

ちなみに、この横田良一さんは26歳で夭折されたそうです。
古賀政男などとも親交があり、「古賀政男大全集~20世紀の遺産」に、横田良三の名で『情人の唄』が収録されています。
26歳の若さで100曲以上となると、もし長生きされていたらきっと日本を代表するような歌手になられていたかもしれません。

出身地の牛深市で毎年行われているという「横田良一祭り」への牛深市民の想いというものが、何となくわかるような気がします。

小さな小さなご縁ですが、牛深の皆様にも『小梅姐さん』を観て頂きたいなあと思いました。

2010年09月10日

▶「天草民謡」余話

吉松英夫さんから添付ファイルで提供して頂いた資料は、天草小唄とこの天草民謡の歌詞が記載された、随筆集『天草島』吉見教英著(郷土新聞みくに社社主)の表紙と関連ページ、 『横田良一伝』(浜名志松編著作)のなかの吉見教英氏執筆部分、みくに新聞昭和8年9月20日付/上記本の一部)のコピー、およびレコードの写真(コロムビア、ニッチク)という、文字通り貴重なものでした。

『天草島』表紙(吉松英夫さん提供)


書物には、レコード出版という当時(昭和8年)の大衆文化の最先端を使い、地域の活性化を目指して観光宣伝に励むその意気込みなどが異口同音に語られており、現代と変わらぬ当時の有様が伝わってきます。

特に当時は、「全国的に小唄が流行し、殊に観光宣伝には不可欠のものとなっていた」(『天草島』)ようで、横田良一という人が先頭に立って引っ張り、A面となる「天草小唄」は自ら吹き込んでいます。

なお、この横田良一さんは、50曲以上もレコーディングされているほどの歌手で、天草の牛深では『横田良一祭り』が今年も9月25日(土)・26日(日)にクラッシックコンサート、天草小唄サンバの踊り競演などが予定されているそうです。

吉松さんによると、昭和9年3月長崎と雲仙で開催された『国際産業観光博覧会』にあたって発表された「長崎博覧会の歌」を吹き込んだのが横山良一で、B面の2等入選歌「崎陽小唄」が姐さんというわけで、この横山良一と姐さんは、都合2枚のレコードを共にしているということです。

さて、その「横田良一伝」の中から、資金集めの様子など、北九州のことなども出てきますのでいささか長くなりますが引用してみたいと思います。

「・・・さてその資金が幾ばくを要するか、まあ五百円は入るだろうとの事。レコード会社で自ら企画して、全国的に販売して採算のとれるものならとにかく、地方のもので、こちらの注文品だから相当の金が入るというのである。

そこで、私は横田と二人で熊本電気の上田万平社長を大江町の自宅に訪うて百円の寄附約束をした。

・・・二人は、これに力を得て八幡市に向かった。八幡には郷土の先輩中井励作氏が製鉄所長官をしているから、これに相談したら必ずできると信じたのである。しかし、中井長官は上京中で不在だった。

二人はガッカリしたが、元天草支庁長の鶴田豊氏が戸畑市長をしていたので、これを襲撃する事とし、二人でその私宅に出かけた。鶴田氏も我等の意のあるところを諒とし、翌日戸畑市役所で五十円を渡してくれた。これで先ず横田の上京旅費はできた。

 私と駅で別れた横田は、製鉄所の宿舎に住む親元に帰って、その翌日上京の途についたのだ。八幡で泊まった宿は「とみや」という高級の旅館だった。

<中略>

 ・・・作曲を古賀政男に依頼するはずだったが、病気でできなかったので、大村能章に持っていった。

大村氏は天草特有の情調をだすために、ハイヤ節や新地節などのメロディも聞いた上、作曲にとりかかった。そこでA面の天草小唄は横田が吹きこみ、B面の民謡は小倉生まれの小梅にきまった。

歌手の横田も作詞の平野も肥前も同年の二十三歳で、小梅は少し上だったかも知れないが同じ九州出身だった。

小梅は中井氏などもヒイキにしていたらしい。<後略>」 

2010年09月08日

▶「天草民謡」

姐さんの吹き込んだ民謡が、新たに1曲見つかりました。
当サイトの民謡リストのページに、吉松英夫さんという方から8月30日、「天草民謡 作詞:肥前泰隆 作曲:大村能章 1933年(昭和8年)12月 コロンビアレコード赤坂小梅さんが歌われています」というコメントが寄せられました。

早速、投稿して頂いた吉松英夫さんとやりとりをさせて頂き、その歌詞や貴重な資料などを送って頂きました。
その歌詞をご紹介したいと思います。

天草民謡
深海村 肥前康隆作詞 大村能章作曲 東京赤坂 小梅吹込

1.帰りそこねて 月夜の濱で 川原かにめが ヤレ思案顔
2.知らぬ船来て 十字架立てて 帰りゃ椿の ヤレ花咲いた
3.瀬戸の開閉(あけ)橋 又待たされて 白帆通る間に ヤレ月が出た
4.濡れてションボリ 島入りつばめ 夢の夜床にゃ ヤレ耶蘇の鐘

.
吉松さんによると、
「この歌詞は、観光宣伝、雲仙天草国立公園指定運動に力を入れていた横田良一の発案で、公募作品のなかから選ばれたもので、天草小唄(横山良三=横田良一)と天草民謡がコロンビアレコード(昭和8年12月、番号27607)で発売された」
ものだそうです。

amamin1.JPG
写真提供、吉松英夫さん

.
ところでいささか驚いたのは、「天草民謡」という曲のタイトルでした。
大分県民謡」の場合も、これが曲名であることを勉強不足もあってにわかには信じられませんでした。

ただ、この「大分県民謡」という前例があったので、この「天草民謡」という曲名にとまどいはありませんでしたが、逆にこういうネーミングの曲が熊本にもあったとなると、他の地域にも見過ごされている「○○民謡」という曲があるのではないか、そしてそれはひとつの風潮として案外各地で誕生していたのかもしれない、という新たな関心も湧いてきました。

こうしたことについてご存知の方がいらっしゃれば、ぜひご教示願いたいものです。
いずれにしろ、これで熊本の民謡は11曲になりました。
吉松英夫さんどうもありがとうございました。

2010年03月15日

▶コメント紛失と回復のお知らせ、お詫び

一昨年、当サイトの民謡リストのページを全面的に書き直し再アップした際に、訂正前の内容と共にそのページに寄せられていたコメントまで消失してしまいました。コメントを寄せて頂いた方に大変申し訳ない思いでずっと気になっていたのですが、このたび、そのページをコピーしテキストで保存されていた方がいて、提供していただきました。

そのコメントを、あらためて民謡リストのページに投稿させていただき、投稿して頂いていたお二人に、この場を借りてそのご報告と共に、衷心よりお詫びを申し上げたいと思います。

最初に投稿していただいた方は、このご投稿を契機に本作の上映や、姐さんの音源確認、発掘収集などでサポートして頂くようになり、このサイトでも時折り紹介してすっかりお馴染みになりました北九州SPレコードを聴く会を主宰されている安部嘉郎様です。実は、旧ページを保存され今回ご提供いただいたのは、この安部嘉郎様です。感謝のほかに言葉もありません。

2件目のminmin様は、民謡を研究されている大分在住の方で、大分県の民謡を紹介していただきました。したがって、このたびの大分上映前にどうしてもこの消失したコメントを何とかしたいと思っていたところでした。何とか間に合いました。あらためて当サイトを覗いていただければありがたいのですが・・・。いずれにしろ、ご報告が遅れた事と併せ申しわけありませんでした。

ついでながら、minmin様のご教示もあって姐さんがレコーディングした大分県民謡は、少なくとも12曲を数えます。これは、地元福岡県の23曲(本日現在)に次ぐ多さで、姐さんと大分との関わりに少なからず関心を持たざるを得ません。今回の大分上映で、そうした情報が寄せられることを期待したいと思っています。

2010年01月28日

▶大浜音頭(碧南市)

姐さんのレコーディングした民謡がまた1曲見つかりました。

大浜音頭(作詞:河井醉茗 作曲:藤井清水) 碧南市

情報をご教示頂いたのは、今回もまた北九州SPレコードを聴く会を主宰する安部嘉郎さん。
「小倉旭券梅若の名で大浜音頭という曲がビクターから出ており、作詞:河井醉茗、作曲:藤井清水の新民謡、とりあえずお知らせを」というものでした。

ネットでの検索で、愛知県碧南市に同名の民謡があることを確認し、同市の観光協会に問合わせたところ、早速大変ご丁寧なお返事を頂きました。

レコード化された際の歌手まではわかりませんでしたが、作詞作曲者が同じなのでまず間違いないと考えてよさそうです。
お返事によると、現在では知ってる人もほとんどいないそうで、地元の一部の方が今でも踊ることがある、ということだそうです。

なお、そのいきさつについては、この音頭が唄い踊られていた大浜地区の散策の拠点で憩いの場でもある「まちかどサロン」という施設にあった展示物から、また「大浜音頭」の歌詞は、碧南市史料第53集からのものだそうです。


大浜音頭物語
「大浜地区は、漁業や海運の基地として古くから栄えたところ。近くの玉津浦や新須磨の海岸は、三河湾屈指の海水浴場としてにぎわいました。
『大浜音頭』は、こうした繁栄を背景に大正の初めころつくられたようです。当時の有名な詩人河井酔茗の作詞、藤井清水の作曲です。また島田豊が振り付けを行っています。昭和初期にはレコード化され、宴会などの場で歌われました。
『大浜音頭』は、みりん、三河木綿などの大浜の特産物、名所旧跡、歴史が詠みこまれたゆったりしたメロディーの民謡。戦争が激化するとともに歌われなくなり、戦後、市民が口ずさむことはすっかり少なくなってしまったようです。」

ちなみに、藤井清水の作曲年表によると、この曲が作曲されたのが昭和4年11月15日となっており、姐さんが清水と共にコロムビアに移籍し、赤坂小梅と名乗る昭和6年頃までの間に吹き込まれたものだと思われます。

ただ、この「大浜音頭物語」にあるように、大正の初めころに作られたようだ、ということであれば、元唄となるようなものがあったのかもしれません。いずれにしろ、以前このサイトで紹介した「ノーエ(農兵)節」(三島市)のいきさつのように、新民謡大浜音頭として結実していくまで、作詞作曲者の取材はもちろんレコード発売のキャンペーンなど、様々なドラマが展開されたことでしょう。

大浜音頭  作詞 河井醉茗 作曲 藤井清水

1)出船 入船 もやい船 此処は大浜 良い港
  ヨイサァ来て見よ 衣ヶ浦にヨー そらエンサカホイ
風は吹いてもトコセ波立たぬヨー ハーアサラリョーサラリョー サンサラリー

2)うわさァ 菊間藩 陣屋跡 由緒訪ねりゃ 鐘が鳴る
港橋から浜辺へ出ればあヨー そらエンサカホイ
町は広がるトコセ灯は続くヨー ハーアサラリョーサラリョー サンサラリー

3)音に聞えた 大浜味醂 それになすびのからし漬
三河木綿もお国の自慢 そらエンサカホイ
着せてやりたやトコセ織りあげてヨー ハーアサラリョーサラリョー サンサラリー

4)夏の海なら キスを釣り 秋の海なら ハゼ釣るー
行こか新須磨 名所の一つヨー そらエンサカホイ
拾って見たいよトコセ子安貝ヨー ハーアサラリョーサラリョー サンサラリー

5)月のほかには たれが見る 波のほかには たれが聞く
君と嬉しや 小舟の中でヨー そらエンサカホイ
晴れて月夜のトコセ玉津浦ヨー ハーアサラリョーサラリョー サンサラリー

6)好いたお方の どこに似たあー 歩く姿にちょいと似たー
松が笠ぁさす 権現崎ヨー そらエンサカホイ
雨は降らねどトコセ笠松がヨー ハーアサラリョーサラリョー サンサラリー

もちろん民謡リストに追加いたしました。

2009年11月15日

▶「かんだ小唄」続報

6月8日付けの当ブログでご紹介した福岡県苅田町の「かんだ小唄」、そのレコード発見とご健在の作詞者大石八千代さんのことを、苅田町の広報紙「広報かんだ」(7月10日号)が紹介してくれていました。

この「かんだ小唄」と姐さんとの縁をさらに深めようと、姐さんの出身地川崎町文化連盟様より苅田町文化協会様をご紹介頂き、先日13日試写会を兼ねてご挨拶に出向きました。
その際、この広報紙を頂きました。表紙を飾り、特集として巻頭見開きという破格の扱いです。

こんなふうに全国各地、姐さんの唄が地域を結びます。
苅田町での上映会が実現することを願いながら、津々浦々さらに多くの地域が映画の上映を通して結ばれていくことを夢想せずにはいられません。

「広報かんだ」(7月10日号)

2009年06月08日

▶朝日新聞5日付、「かんだ小唄」

姐さんの民謡リストに、また新たな1曲が加わりました。

「かんだ小唄」(作詞:大石八千代、作曲:平川英夫)

情報をご教示頂き自らその現物を入手されたのは、本サイトでも時々ご登場願っている「北九州SPレコードを聴く会」を主宰する安部嘉郎さん。
しかも作詞者がご健在だと分かり、安部さんは去る1日、その大石八千代さんの元を訪れました。その経緯を朝日新聞が取材、5日付で大きく取り上げてくれました

2009年01月12日

▶民謡リストの更新

民謡リストを全面的に更新しました。←〈ここをクリック〉
とはいえ、まだまだ調査途上です。多くの間違いを残したままかもしれません。
皆様方のご指摘や情報をお知らせ頂ければ幸いです。

いずれにしろ、映画の完成から今日まで、多くの皆様から情報が届けられました。
その成果の一端は再版したパンフレットに掲載しましたが、その後もさらに姐さんの唄った民謡が“発見”され続けています。このサイトでの更新の所以です。
今後も“新発見”や間違いの訂正等で更新を続けたいと思います。
もちろん、そうそう簡単に更新できるとは思われませんが、時折り覗いて頂ければ幸いです。

ところで、県別に分類してみると47都道府県のうち、埼玉、山梨、福井、新潟の4県の民謡を見出すことができませんでした。
事実はどうなのか、これもまた今後の課題です。

2008年12月03日

▶メディアのご支援、ご協力④

「御岳杣唄」(作詞・川合玉堂、東京奥多摩地方)

西の風新聞
青梅市の御岳には日本画壇の巨匠・川合玉堂が、晩年の10余年をこの地で過ごしたのを記念して建てられた玉堂美術館があります。この美術館に、なんと小梅姐さんの唄う新民謡「御岳杣唄」のSPレコードがありました。実はこれ、玉堂が姐さんを指名し、玉堂自ら作詞して制作された限定盤レコードの1枚で、製作元のコロムビアレコードにも音源が残されていない大変貴重なものです。

そんなご縁で、青梅市やあきる野市など東京の西部地方を中心に発行されているタブロイド版週刊新聞のWeekly News 西の風が、11月28日付けでそのSPレコードと姐さんの写真をあしらった6段組みの記事で本作を取り上げてくれました。もちろんしっかりモーニング上映の案内も。

こんなふうに小梅姐さん、先にご紹介した三島市の「ノーエ(農兵)節」のように、その唄とともに全国各地に様々なご縁を結ばれているようです。本作の上映も、姐さんのご縁をたどり、また新たなエピソードを発掘しながら津々浦々にまで分け入っていけたらと思っています。

西日本新聞 11月25日付筑豊版「都内で『小梅姐さん』上映会」
という見出しで、本條秀太郎さんゲスト出演の日の館内の様子を、写真付きで紹介して頂きました。

2008年07月29日

▶「ノーエ(農兵)節」続報

先日(6月25日付け)お伝えしていた三島市での「農兵節」“幻の昭和7年盤”についての続報です。

いろんなことが“発見”され興味深い情報が集まっているようです。
たとえば、姐さんが吹き込んだノーヘ(農兵)節のレコードが、3種類見つかったこと。

○昭和9年盤「ノーヘ(農兵)節」大村能章編曲(タイトルは右横書)丸山和歌子「ノーヘ(農兵)節」とのカップリング

○昭和26年盤「ノーヘ節」(タイトルは左横書)昭和9年盤と同じカップリング

○昭和30年盤「ノーへ節」(タイトルは左横書き)
B面は藤山一郎・赤坂小梅の「靜岡音頭」(以上3枚ともコロムビアレコード)

さらに昭和9年盤の新太陽レコードによる「三島農兵節」
唄はA面が十郎、B面が矢田孝之

そのほか、貴重な写真の数々や、戦後(時代は特定できず)、S9年盤の存在を知った姐さんが三島市を訪れ、このレコードを録音して帰ったというエピソードなどが確認されているようです。

「ノーエ(農兵)節」続報の続きを読む

2008年06月25日

▶ノーエ(農兵)節

 富士の白雪ゃノーエ 富士の白雪ゃノーエ
 富士のサイサイ白雪ゃ朝日でとける

 とけて流れてノーエ とけて流れてノーエ
 とけてサイサイ流れて三島にそそぐ

 三島女郎衆はノーエ 三島女郎衆はノーエ
 三島サイサイ女郎衆はお化粧が長い

ご存知、「ノーエ(農兵)節」です。

昭和9(1934)年2月に、姐さんの「ノーエ(農兵)節」は発売されています。
これが、この唄を全国的なものにしていく契機となっていくのですが、

ノーエ(農兵)節の続きを読む

2008年04月14日

▶慰問上映-3-

「安里屋ユンタ」(沖縄八重山地方)

那覇市の壷川老人福祉センターでの慰問上映に引き続き、与那原町でも慰問上映が具体化しました。

4月21日(月)午後3:00より
与那原町社会福祉センター
住所:与那原町字上与那原16-2(町役場横)

『小梅姐さん』にとって初めての映画館上映である沖縄・桜坂劇場。公開(5月17日~30日)を前に、少しずつヒートアップしていく様子。一人でも多くのおじぃ、おばぁにこの映画のことを知ってもらい、観てもらい、そして喜んでもらえたら、と願っています。

そしてそんな折、小梅姐さんがレコーディングしていた沖縄の民謡が1曲見つかりました。八重山地方の「安里屋ユンタ」です。これでますます弾みがつきそうです。

2007年03月18日

▶民謡リスト 小梅が唄った日本全国にわたる民謡

九州
福岡
/かすり節、かんだ小唄、北九州小唄、黒田節(黒田武士)、小倉音頭、小倉節、新調博多、新八幡音頭、正調博多節、そろばん踊り(久留米機織り唄)、田川小唄、炭坑節、千代の松原、鎮西小唄、中洲小唄、博多踊り、博多小女郎波枕、博多子守唄、博多節、彦山ガラガラぶし、ボンチ可愛や、門司港まつり
佐賀/梅干し、岳の新太郎さん
長崎/女(おな)よい節、崎陽小唄、佐世保小唄、佐世保メロディ(徳山璉と)、新長崎音頭、平戸節、新平戸節、長崎浜節、長崎ぶらぶら節、のんのこ節、よかとこ節
熊本/天草ハイヤ節、天草民謡(帰りそこねて)、五木の子守唄、おざや節(大鞘節)、おてもやん、キンキラキン、熊本音頭、球磨六調子、田原坂、ぽんぽこにゃ、よへほ
大分/宇目の子守唄、大分音頭、大分県民謡、大分流し、こつこつ節、下ノ江節、関の鯛釣り唄、鶴崎踊り(猿丸太夫)、豊後風景(吉四六さん音頭)、別府流し、別府まっちょる節、耶馬溪音頭、耶馬溪小唄
宮崎/風は南風、刈干切り唄、稗搗節
鹿児島/鹿児島小原節、鹿児島音頭、鹿児島浜節、鹿児島はんや節、薩摩さのさ、薩摩隼人、薩摩よかとこ、昭和豪傑節、屋久島マツバンダ
沖縄/安里屋ユンタ
九州一般/九州小唄、新九州音頭、九州よいとこ

四国
愛媛
/なもしづくし
高知/鰹骨抜き(ばらぬき)唄、しばてん踊り、しばてん音頭、よさこい鳴子踊り
徳島/阿波麦打唄、祖谷の粉ひき唄、よしこの節
香川/一合蒔いた、金比羅船々

中国
山口
/あきよし小唄、岩国カランコロン節、宇部ばやし、男なら、南蛮音頭、ふぐ踊り
広島/呉音頭、はかま踊り(宮島杓子踊り)、広島よいとこ
島根/出雲音頭、石見銀山捲上げ節、隠岐祝い音頭、隠岐音頭、しげさ節、浜田節、安来節
鳥取/智頭音頭
岡山/奥津温泉小唄、奥津小唄、下津井節、下津井小唄、高梁音頭、高梁小唄

近畿
兵庫
/有馬新調、城崎小唄、篠山節(デカンショ節)、新相生節
大阪/淀の流れは十三里、淀の舟唄
京都/祇園の唄、宮津節
奈良/壷坂
滋賀/大津絵節
和歌山/紀伊の国、続和歌山音頭

東海
三重
/伊勢音頭、新伊勢音頭、尾鷲節
愛知/一宮まつり、犬山音頭、大浜音頭、刈谷小唄、中京小唄、十四山音頭、名古屋甚句、桃太郎音頭
岐阜/大垣音頭、笠松情緒木曽川節、郡上節、関音頭、トコセ節、八幡小唄
静岡/静岡音頭、清水小唄、下田節、修善寺甚句、次郎長音頭、ちゃっきり節、ノ-ヘ(農兵)節

信越・北陸
石川
/粟津音頭、粟津小唄、加賀小唄、金沢小唄、山中節
富山/糸つむぎの唄、こきりこ、帆柱越し音頭
長野/浅間の煙/小諸馬子唄、伊那は時雨て、伊那節、木曽節、真田節

関東
神奈川
/だんちょね節、箱根馬子唄、箱根山笠踊り
東京/大島節、かんだ小唄、神田祭、木遣りくずし、新東京音頭、相撲甚句、東京三番叟、御岳杣唄、水の東京
千葉/大利根小唄、里見節、館山音頭
群馬/前橋新音頭
茨城/磯節くづし、新磯節、野郎やったね(常磐炭坑節)
栃木/日光和楽おどり

東北
福島
/会津磐梯山(小原庄助さん)、原釜大漁節、福島音頭、三春盆唄(三春甚句)
宮城/斉太郎節(大漁唄い込み)、伊達しぐれ(さんさ時雨)、宮城音頭
山形/小野川音頭、新庄節、山形音頭
岩手/岩手音頭、江刺甚句、釜石小唄、からめ節、金田一温泉小唄
秋田/姉こもさ、新秋田音頭、能代音頭、ひでこ節
青森/浅虫音頭、津軽音頭

北海道/小樽港音頭、新函館小唄、ソーラン節、道南盆唄、登別小唄、北海盆唄、北海音頭、ヤンレサ節

全国的にあるもの/二上がり甚句、豊年おどり

国外や地域に拠らない唄、未確認の唄
郷友音頭、さくら音頭、新漫才くずし、大山音頭、滝ノ口音頭、花沢小唄、花の城山、ほれぼれ音頭、薬師音頭、新木挽節、不知火小唄、バナナ音頭、バナナ踊り、長寿祝唄、愛国節、愛国襷節、凱旋音頭、白頭山節、鴨緑江節、朝鮮音頭、台湾音頭、青島節、成吉思汗ぶし、松花江千里、興亜音頭、樺太音頭

※本リストは調査途上であり、今後さらに多くの民謡が“発見”されていくことを期待しています。ご意見をお寄せ下さい。
協力:(財)日本民謡協会研究部